2013年11月20日水曜日

認識の違いが世界を変えることについて


今日、あと修論の締め切りまで二か月やね、と院生としゃべっていて

ひっくり返りそうになった。



かなり人見知りだと思っていたので、いろいろ心配で教師になったら、

ティーンエージャーというものは大変、特に女子が大変だからね、よく観察しないと

だれがだれを虐めているとかあなたはきっとわからないと思うよ。

先生の自分に近寄ってくる勢力の強い女子だけでなくて、片隅の弱い子に

目を向けたらなあかんよ、と散々説教したあとで、ごめんね、あなたが

人見知りなので、すごく心配。


すると、僕、人見知りじゃないですよ。


ええ?


そんなこと言われたことありません。逆にだれとでもしゃべって、人見知りしないと

言われたので、僕だけがそう思っているのではありませんし、と言われたので

仰天した。


いや、だれもがここでは、あなたはシャイだと思ってると思うけど。


え、そうなんですか?


逆に感心した。自分が認識している自分と、他人が認識している自分と、

その例を目の当たりに見て。すごいなあ、衝撃的だった。


これ以上、言うのはやめにした。彼が認識している世界をひっくり返す権利は

自分にはない。



でも、長い人生の中で、広い世界、色々な文化やいろんな人に出会っていく中で

いつか気づくだろうし。


人って面白いですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿