2016年12月1日木曜日

追い詰められて

もうどうしようもなくなって、追い詰められて


どうせ難解だし、読むまいと思っていたものを読み始めて


しまいました。時間もないのに。




外国語教育質的研究会の概要も出てしまい、発表まで


あとひと月になり、この週末には「臨床実践の現象学会」に


初めて参加します。




現象学的看護研究の論文は色々読んだのですが、どうしても


インタビューではない、授業実践の書き起こしに現象学的に


迫るということは感覚的にはわかるような気がしても、


人に説明できないし、なんか確信が持てない。探してはいるのですが、


おそらくこれだ、といえるような言語教育授業の現象学的先行研究もなさそう。






確信がもてないので、何をやりたいのか問い詰められて問い詰められて


論理的に説明できなくて情けなくなってしまいました。






それで質的心理学会のワークショップで指導を受けた西村ユミ先生


の活躍を見ていると、研究室のゼミで千本ノックという記事があって、


メルロ=ポンティの「知覚の現象学」、フッサールの「イデーン」、


ハイデガーの「存在と時間」を何年もかけて読んでいるということを


知りました。




ドイツ語もフランス語もほとんどできないし、自分には到底無理だ、と思って


解説書ばっかりぐるぐるめぐっていましたが、今日それで完全に


ノックアウトされてとりあえず日本語でも、と買ってきました。「存在と時間」。


西村ゼミでは何十人ものゼミ生が少しずつ読んで、発表のたびに


カバンいっぱいに資料を持ってくる、フッサールの序論の


25ページを4年かかって読んだ、という記事に圧倒されるばかり。






こんなんで、現象学的アプローチとか言っているのが恐ろしいくらい、


分析にいつとりかかれるやら。ほんと主催の先生には申し訳ない。


でも読むしかない。











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