2015年10月31日土曜日

ついに

もう自分には無理だろう、と最近あきらめていた心境でしたが、

ついに博論を書き始めました。

長い航海に出た感じです。これからどうなるのかわからない。



とりあえず、大雑把な章立てだけは立てました。


3年で卒業するつもりでしたが、私の実力では無理だということが

この1年半で身にしみました。


とりあえず、11月末〆切の博論報告会用レジュメだけは作らなくては

いけないし、12月上旬の博論報告会で発表しなくてはなりません。


。。。。。。


本来なら、博士論文を書くために博士後期課程に入学したものならば、

自分で全部できなくてはならないはずです。それができないために、

副指導教官がボランティアで毎週Dの私たちを集めて、

博士論文の書き方から、進捗状況を聞いて指導してくださったり

しています。そんなにご面倒とご心配をおかけしてほんとうに

申し訳ない。ちゃんとせなあかん、と思い、思い切って仮の章立てに

基づいて今日(もう昨日)から博士論文を書き始めました。



やってみると、夢中になって8時間ほど研究個室にこもっていました。


わ~ついに書き始めてしまったわ、と思って院生室に帰ると

タイの留学生ウンさんがいて、そういうと、わかります、と言って

くれました。かきはじめるとすすむんです、と。彼女はもう

ほぼ博士論文を書き終えて12月の最終審査に進む段階に

入っています。わかりました、先輩、と応じるととても笑って

いました。言語文化研究科では、留学生は修論であれ、博論で

あれ、すべて日本語でかかなければなりません。並大抵の

努力ではないと思います。それに比べたら、とりあえずは日本語で

発表する予定なので、日本語母語話者としてはちゃんとやらないと

恥ずかしすぎます。


がんばろう。

2015年10月30日金曜日

プロジェクト発信型授業 中学生編

先週、大学生とまったく同じ課題を与えてみました。

大学生とまったく同じ宿題例を一枚渡して、この通りでやってきてね、

と伝えました。


大学生と変えたのはトピックを探すためのリソースです。

なんといっても中学生なので、ネット検索で危険なサイトにアクセスする心配も

あります。安全なサイトで彼女たちの興味に応じて考えてみました。


以下、生徒たちに送ったサイトの案内。なかなかうまく探して

プレゼンの原稿をちゃんとつくってきたので感心しました。

以下が生徒に送ったメールです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.NHK国際ニュース 
ファッションだと左のOn the street やHot picksをクリックしてみてください
他にもいろいろ日本の話題が英語で出ています。サイトの中を検索してみてください。

2.バトン世界選手権大会のサイト(ニュースは難しいのでざっとみるだけでも)

3. wikipedia 英語版
例えば、ブラスバンドで検索するとこんなふうに出ます。

他、前にみたTedの動画も英語と日本語の訳がついて色々選べます

TED動画(日本語訳つき)
 
Japan Today(内容が豊富)
Student Times(全訳あり)
 
 
色々調べてみてください。合唱コンクールがんばってください!

2015年10月26日月曜日

とりあえずプロジェクト発信型授業 中間発表に向けて

はじめての大学の授業なんとか5回目が終了しました。

来週から計3回の中間発表を迎えます。


いや~~なんともこころもとない。できる子はできるんだけど、

3分の英語のプレゼンにはまだまだ心配な人がたくさん。


思うこと反省することは山積み。でも、意外とみんなネットで英語の

記事をさがして、単語リストをつくり、まとめと感想を英語で

書いてくる、ということはできているので、あとパワーポイントさえ

できて、話す態度がよくなれば、かなり形になるのではないか、

と期待しています。


こっちが知っていて当然、とみなしていることと、学生の常識で

興味あって当然とみんなが思っていることと大きなギャップを

感じます。が、


それでもとりあえず、なんとかかんとか落ち着いた感じに

向かっているのか、ほぼ全員3日間の中間発表の順番も決まり、

チェアもいくらでもやりますよ、と言ってくれる学生も出てきました。


まったく授業に参加する気がなさそうで、単位落としてもいいのか、

と心配していた留学生も、これから頑張れば優とれますか、

と聞いてきたり、授業中携帯をあからさまに見たり、授業中出て

いく学生もそれが大きくマイナス点になるということを、やっと理解

しました。統制をかけながら、自由にするというそのバランスが

まだまだ慣れていないのでとても難しい。



相変わらず、90分の授業の準備と後処理に2時間半~3時間ずつ

計5,6時間かけていてほんとに要領悪いなあ、と思いつつ、

でもこれだけ身が入る仕事というのもなかなかいい感じです。


まあ、生まれてからしたこともないのに、人前で英語でプレゼンする

というのも緊張するよね!私だってします。みんな頑張れ!




2015年10月25日日曜日

冥王星に雪は降るのか

高三の生徒のレッスンにScientific Americanというサイトを

先週紹介してみました。

プロジェクト発信型英語で阪大の理系の学生たちのリソースとして

副指導教官が使っておられるサイトです。



興味のある記事を選んできてね、と先週言っておくと

plutoの記事が面白かった、と言ってどれだったかな、と

検索しているうちにこっちの方が面白そうだ、と見つけたのが

表題の記事。

http://blogs.scientificamerican.com/observations/is-it-snowing-on-pluto/


2人で読みながら英語と日本語のちゃんぽんでディスカッションして

いるとあっと言う間に時間が過ぎていきます。一時間のレッスンが

長引いて二時間になってしまいます。


小学校一年生からつきあっているこの子とも、もうあと五ヶ月ちょっと。


ダイナミックな地球の気象や、火山、宇宙、地学、自然が大好きな彼は

きっと優れた学者になるんだろうなあ、と思います。


縁があって、こんな生徒に巡り合えた自分はつくづく幸運だと思います。



2015年10月24日土曜日

博士論文報告会に向けて

D2なのです。もうすでに、何もできていないのに。

でも着々と時間は過ぎて、12月半ばに博士論文の進捗状況を

報告会で発表しなくてはなりません。



題目届けは先日かろうじて出しました。行き当たりばったりですが、

これまでの学会発表、論文、共同プロジェクトなどやり散らした活動を

ここで整理して総括すれば、何とか自分のやりたいことが

見えてくるような気がします。



一つの進歩は、指導教官と副指導教官が一見真逆の立場なのですが、

私はほぼ同じだと思えてならないので、二人の学問上の立場を

私の研究を通じて少しずつ縮めていっていることです。


あと、博士論文を審査される三人目の先生の希望を

根回ししています。まったく会話分析に理解のない方や、

私の先生方とうまくコミュニケーションをとれない先生に来られては

困りますので、できるだけ和気あいあいといい議論を

なさってくださるように願っています。がそれはひとえに

自分の博士論文をお三方にわかっていただけるように

努力するこれからの一年にかかっていると思います。


2015年10月23日金曜日

宿題〆切あと20分

プロジェクト発信型授業の4回目が終わり、

今回はぐんとハードルをあげた宿題を出しています。


みんなついてこれるかな、と心配でしたが、

金曜日になってぞくぞくとメールが来ています。


なかなか怪しい英語もありますが、それはまたどうするか

考えることにして。



金曜日23時59分の締め切りまであと20分。


がんばれ~!

2015年10月22日木曜日

「英語ができる」言説

後期は、ほとんど授業をとっていないのですが、

動機付けの研究があまりにも盛んなため、英語教育が

専門とうたっているからには、いくら量的研究はやってません、と

いえども、日本のmotivation研究の主な流れは知っておかないと恥ずかしい、

ということで、西田理恵子先生のMの授業を聴講しています。

輪読しているのは、これです。会話分析の文献に比べ、とても読みやすい。

(といっても統計は一般的なもの意外は理解困難)

Language Learning Motivation in Japan
Edited by: Matthew T. Apple, Dexter Da Silva, Terry Fellner

http://www.multilingual-matters.com/display.asp?K=9781783090495


西田先生も章を1つ担当されています。

授業中に、自己決定理論をどのように実践に応用するか、2、3人ずつで

話し合う、という場面があり、そのときに出てきたのが表題の

フレーズです。


グループの中国人留学生から、英語ができるってどういうこと

ですか、中国にはそんな表現はない、ただ上手か下手か

っていうだけです、という発言。彼女ともう一人の院生と

私は同じぐらいのレベルで英語で議論できる3人でしたが、

そうだね、考えてみたら英語ができるって変な言い方だよね、

としばらくその意味を話し合っていました。


この本の第四章には日本の理系の学生の英語学習に関する

モチベーションの研究が出てくるのですが、確かに阪大の理系の

学生もおおむね読み書きはできても話すのは自信がなく、

読み書きができても、自分は英語ができない、と思っている

ようです。


ということは「英語ができる」という言説には話すか聞くか

必ずどちらかがふくまれる。これは日本特有なのかなあ、とか

追及していったら面白いかもしれませんね。

2015年10月19日月曜日

授業4回目

一回目にかなり説明したつもりだったけれど、

未だに伝わっていないことが多い。毎回毎回補足して説明したり、

思いがけないことが起こるたびに繰り返して説明したりしています。


90分の授業のために、少なくとも二時間半は準備に使い、終わってから

二時間半は時間をかけていて、なんとも要領悪いことです。



大学生でも小学生並みのふるまいをする子がいて、そちらに

かまけているとちゃんとやっている学生をないがしろにすることに

なってつまらないなあ、というのが感じられます、申し訳なく、本当に難しい。



メールにファイルを添付する、とかパワーポイントのスライドを作成する、

とか、ワードにコピーペーストして編集するとか、できて当然と思って

いることがしたことがないのか、全部説明する時間もないので

すごく心もとないです。が、できる人はちゃんとできていて、

きちっと英語の原稿を作ってきて、カラー写真を見せて説明したり、

パワーポイントをUSBに入れてきてみせてくれたりもするのです。



4回で色々リソースは与えたのですが、同じクラスなのにそれぞれの

理解度に差がありすぎる。う~~ん、みんなが充実して、何か学んだと

感じて15回の授業を終わってほしいんだけど、至難の業です。


来週の宿題は、ちょっとハードで英語の記事を読んで書けないと、いい加減に

考えているとできない宿題。さあ、どうなるか、ちょっとずつ厳しくしています。


でも、ここがふんばりどころ、がんばろう。

2015年10月16日金曜日

あと十分 宿題〆切

先日来、ここでお話ししている某大学の非常勤の授業。


プロジェクト発信型の授業なので、宿題のリサーチと授業で発表する

ものをもって来なくては、授業も成立しないし、単位もあげられない

ようになっています。



金曜日の夜中を〆切にしているので、こっちがどきどきします。



前回までは日本語の記事でもよかったけれど、今週は

英語の記事に限定したので送ってくる人が限られています。




みんなこのままだと単位とれないよ~大丈夫なんだろうか。

Dゼミ 他

昨日ここで書いた、題目届は無事提出することができました。

ここまでの道のりはなかなか難しく、一時は無理なのではないか、

と絶望したときもありました。



でも、一つトンネルを抜けた感じ。あといくつもトンネルはありますが、

とりあえず一つクリア。

題目は「英語学習のための第三者接触場面における相互行為能力の研究」

です。今のところ。


Dゼミの話。指導教官のDゼミが毎週木曜日にあるのですが、大体

皆が今の博論の進捗状況を交代で発表する、というもので

あまり刺激的でもない。同じ指導教官のMさんが修論のことではげしく

と悩んでいたので、Dゼミで発表しさせてもらい、Dの人たちに意見を

もらったり叩いてもらったら、とアドバイスしていたら、それが本日実現しました。



面白かったのは、Dゼミは留学生がほとんどでいつもはあまり意見も

言わずにおとなしいのですが、Mさんの発表が隙だらけなために

みんな思わず口々に指摘をはじめて、どんどん叩き、すごく

充実した時間になりました。私自身もすごく勉強になったし、Mさんも

受け止めるのは痛いけれどここで発表させていただいて、

よかった、と言っておられました。



思うのは、せっかくMとDがそろっている大学院なのでもっと

こういうセッションをしたらいいのになあ、と。修論中間発表会でも

その前にDの色んな分野の先輩がよってたかってみてあげる、

とかやったらいいのに、と思います。思ってばかりでなく、自分が

アクションを起こせばいいんですよね、はい。





2015年10月14日水曜日

博士論文題目届 他

博士論文の規定としては、博士後期課程二年目で指定された日までに

指導教員の承認を得た「博士論文題目届」を提出することになっています。



その〆切が明日です。そして12月初旬に行われるD2研究報告会で発表を

しなくてはなりません。



先日より指導教官とやりとりをして、これが最終だっ、と気合をこめて先ほど

メールを送信。一年半、指導していただいてきて先日やっと自分のやりたいことを

理解してもらえた感触がありました。会話分析にしても、談話分析にしても

はじめはあんなんはあかん、と頭から否定されていて、昨年は悩みに

悩みましたが、理解していただくべく発表や論文の報告を積み重ねて

ようやくこの方向性で行ったらいいよ、バフチンはあまり関係ないから、

援用程度でいい、と同意していただきました。



まだ明日の夕方まで時間はありますが、どうなるか、題目届が出せないと

まず第一歩が踏み出せず、研究報告会にも発表できません。

心静かに師匠のお返事を待つことにします。


2015年10月9日金曜日

外資系一年目

小学校から高校まで教えていた生徒で社会人一年目の教え子

ちゃんから、英語のことで相談したいので、と連絡があって、

ほんとに久々に会いました。彼女はすっかり大人になっていました。



もともとクールで頭がよく大人びた子供だったのですが、ようやく

年齢が彼女に追いついてきたなあ、という印象。英語の読み書きは

抜群にできるので、英語以外の専門を目指した方がいい、と

言ったのか言わなかったのか言ったような気もします。


ともかく、獣医学部に進学し、獣医師です、ときっぱりと言う表情が

さわやかな自信に満ちていました。就職したのは、大手の外資系の

食品会社で、一年目にもかかわらず周りから期待され可愛がられて

海外の工場との交渉を一手にしなければならない重要な仕事を

任されるので、自分の英語力に不安を覚えて相談しにきて

くれたのでした。私の外資系企業での10年そこそこの経験に

基づいて思いつくままいろいろなアドバイスをできて良かったです。


要は英語力ではないと思うし、賢い彼女なら周りの人に聞きながら

作戦を練ることができると思います。


いやあ、楽しかった。街の塾の先生、という親でもなく親戚でもない、

でも小さいころから知っている若者しかも女性とこんなに

仕事の話で盛り上がると思わなかったです。


長年、細々と自宅塾をやってきてすごく報われた気がしました。

2015年10月8日木曜日

ひさびさのバフチンカフェ

後期がはじまり、7月以来久々のバフチンカフェ。


大学のキャンパスから少し歩いて住宅街にひっそりと

たたずむ、ユーラムというご主人の自宅の一階をカフェに

された本当に居心地のいい空間で、二週間に一回のバフチンカフェで

指導教官を囲んで院生、研究生がほっこりと時間を共有しています。



今日は、バフチンでもなく、みんな好きなことを思い思いに

しゃべって、と言われてみんなとりとめもなく思った事を

話しました。台湾、中国、韓国、日本の院生たちが色々おもいつくままに

話し、お互いに反応しあったり、話題に反応したり、それでいて

豊かな話になったり、大好きな時間と空間です。


ご主人が、いつもよくしてくださり、手作りのミックスジュースや

タルトを出して下さるのです。



その前のゼミでは、全国英語教育学会でプレゼンしきれなかった

発表内容を同じPPTで報告して、先生にいいやん、こうこうすれば

博論の章一つ分の論文は書けると励ましていただき、

会話分析の理解も深めていただき、勉強になった、とコメントを

頂き、とても幸せでした。


さささ、博論の中間発表は12月がんばろう!
















2015年10月7日水曜日

二回目の授業

「はじめての授業」に引き続き、です。


締め切りまでにどれだけが宿題を送ってきてくれるだろうか、

と思っていたら、けっこう間際に送ってくれたり、すみません、

締切すぎましたが、と送ってくれたので、これでなんとか

授業は成立するかな、と安堵しつつ、二回目の

授業の準備をしました。



結果、一回目そっぽを向いていたような学生も、宿題は

何でしたか、と考え直したかな、という雰囲気だったり、

前回休んでたんです、という学生や、留学生も来たり、

ちょっとずつ自分の思うような授業を学生たちと一緒に

つくれそうな感触がおおいにあってとても嬉しい。



プレゼンターへのみんなのコメントも優しくていいなあ、と

思いましたし、振り返りで授業の感想なども、良い感じ。



ただ、今回は日本語でいいよ、と言うと、のきなみ日本語で

あれ?と思いました。宿題にしたプレゼンの紙を集めると

ちゃんと英語で用意しているにもかかわらず、です。


人前で英語で話す勇気がないのかなあ、がんばれ~~!


ちょっと今、博論とか院の授業よりもこっちに全力投球したい感じです。


なんとかみんな英語でなにがしかのプレゼンをした、という

満足感、経験を味あわせてあげたい、それには

自分が毎回全力をあげて考えないと。がんばるぞ~~!



2015年10月5日月曜日

映画「野火」

明日の授業の準備に今日はじっくりとりかかろうと

思っていたら、朝、友人から表題の映画を見に行くので行きませんか、

と連絡がありました。


確か、この題名はなんか実家にある日本文学の全集で若いときに読んだぞ、

と思い、行くことに。道中、検索してホームページで映画作成のいきさつを

予習がてら読んでいると、見るべき映画だと思いました。


ただ、きつかったのはドキュメンタリー映画のように、ストーリーが

なく、クライマックスも何もなく、ひたすらフィリピンの地獄のような

戦場を這いずり回り、いつ終わるのかわからないまま見続けた

ということです。悲惨な場面は沢山ありましたが、普通の映画で

あったり、ドキュメンタリー映画であっても始まりも終わりも

あり、それに至る経過も浮き沈みがある。それがなくてただただ

悲惨さと地獄と非人間的な無意味な出来事がずっと続いて

いる。それを見続けなければいけない、ことが、ある意味退屈で

耐えられなかった。


それが監督はじめ映画製作に携わった人たちが伝えたかったことで

あったのだ、とちょっとだけ、心の整理をしました。舞台挨拶で登場

された塚本監督は、皆さん、この映画を浴びて帰ってください、

それだけです、というようなことを話されておられました。


誘ってくれた友人と、前後に深い話ができてよかった。

こういう友人に恵まれている自分は幸運だと思います。



ああ、もう明日になってしまった。授業の準備しなくては。

学生たちが色々宿題のテーマを送ってきてくれているので

楽しみ、かつ、指導と応援しないと。

ブログ書いている場合ではない、けど、こういう経験をすると

書かずにいられないです。